2月1日/年間第4主日

 [説教] 

私たちは皆、幸せになりたいと願っています。だから、主イエスの招きに応えて、こうして集まっています。 

今日の福音は、主からの、本当の幸いへの招きです。 

私たちは今日、この福音を、皆で分かち合い、それぞれの生活の場で出会う人々に、幸いの福音を伝えていきたいと思います。 


「心の貧しい人は、幸いである」。幸いの福音は、この言葉で始まります。 

「心の貧しい人」とは、どのような人でしょうか。それは、自分が貧しい者であることを忘れず、謙虚に生きている人のことです。私たちは誰一人として、自分の力だけで生きている者はいません。まわりのいのちに支えられて生きているはずです。 

本当に自分の力で生きようとしたら、食べ物や着る物を自分で作らなければなりません。自分の住む家も自分で建てなければなりません。公共交通機関を利用することもできません。病気になっても病院に行くこともできません。さらに、生活に必要な物を全部自力で手に入れたとしても、それは、この地球といのちから、さまざまなものを与えられているから、この地球というところで生きているからできることなのです。 

そして、信仰を持っている私たちは、神がともにいてくださらなければ、一瞬でも生きることはできないということを信じています。 


心が貧しいということは、いのちの与え主である方に愛され、まわりのいのちに支えられて生きていることに、いつも感謝をしているということです。 

毎日生きていけることを、決して当たり前だと思わないということです。 

お金を払ったのだから当然だという思いを持たないということです。 

朝まだくらい時でも、深夜でも開いている店があります。そこで、何かを買うと、スタッフの人は、「ありがとうございました」と言ってくれます。心が貧しいということは、この時感謝の気持ちをあらわすということです。こんな早くから、こんな遅くまで、働いてくれていることへの感謝です。買い物や食事に来た時に、待っていてくれたことへの感謝です。この仕事をしてくれていることへの、心からの感謝です。仕事だから当たり前だと思うのではなく、自分の代わりに、この仕事をしてくれていることへの感謝です。 

まわりの人がしてくれてことの価値を、金額などの数字ではなく、してくれていることの内容、ありがたみで見ることができる時、心の貧しい人となり、幸いな人となるのです。

そして、まわりの人に対して、優しくなることができるのです。 

 

私たちは皆、心の貧しい者です。皆で支え合って生きていかなければ生きていけないということを知っています。そして、私たちが本当に支え合って生きていれば、互いに感謝し合っていれば、この世界から、戦争、さまざまな暴力、不正、貧困、環境破壊などは起こらないはずです。 

だから、心の貧しい人は、飢餓で目がうつろになっている子どもの姿や、戦争で愛する人を失った人の涙を目にする時、深い悲しみを覚えるはずです。自分の苦しみとして受け止めるはずです。何とかしたいと思い、悩むはずです。多くの人を苦しめている悪に、強い怒りを感じるはずです。人間として生きることを困難にする貧しさは、絶対に正当化されたり、美化されたりしてはならないと確信するはずです。 

神が示される正義が、一日も早く実現してほしいと、心から願うはずです。「義に飢え渇く人」となるはずです。 


心の貧しさは、貧しさの押しつけ合いではありません。貧しさの分かち合いです。 

私たちは皆、貧しいのです。だれかとくらべて、より多くの物を持ったとしても、競争に勝ったとしても、貧しいのです。貧しさは、皆で分かち合うしかないのです。貧しさを避けることは、貧しさをなくすことはできないのです。そして、自分から貧しさをなくし、豊かになろうとする時、まわりの誰かを貧しくし、苦しめ、悲しませるのです。そこに、平和などないのです。 

だから、貧しさを分かち合うしかないのです。神の前での貧しさを皆で分かち合う時、私たちは、いかに多くの恵みをいただいているかに気づき、まわりのいのちのありがたみが身に染みてきます。これこそが、「天の国」の幸いなのではないでしょうか。 


しかし、今日の世界では、多くの人が、心の貧しさを認めようとしていません。心さえも失われつつあります。そうした世界にあって、私たち教会は、貧しさの中で生まれ、生き、十字架という、最も過酷な貧しさを背負って、自分のすべてをささげてくださった、今もささげて続けてくださっているキリストを宣べ伝えています。心の貧しさを忘れず、貧しいキリストが分かち合ってくださる、幸いの福音、心の貧しさの福音を、これからも、勇気を持って宣べ伝えていきましょう。 


「わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。」

 


1月25日/年間第3主日・神のことばの主日

 [説教] 

「悔い改めよ。天の国は近づいた。」 

年間という時を歩んでいる私たちは、今日、この福音を宣べ伝えるように招かれています。 

「天の国」は、死んだ後に行くところではありません。今を、喜びのうちに生きることです。一人で喜ぶのではなく、皆で、ともに喜ぶことです。この喜びは、神に愛されていると感じることの喜びです。まわりの人を愛する時に感じる喜びです。天の国とは、神の国のことであり、その意味は、神の支配であると言われています。そして、神は愛ですから、天の国とは、愛の支配ということになります。しかし、愛は、強制によって実現しません。愛という名のもとに何かを押しつけるならば、それは、迷惑行為や暴力になる可能性があります。愛は、私たちを外側から押さえつけるものではないのです。私たちの内側から湧き出て、私たちを駆り立てるものなのです。愛とは、内側が満たされて、それが外側へと湧き出し、まわりに伝わっていくものであると言えます。 

愛には、さまざまな形があります。愛の掟はありますが、何をすることが愛となるかは示されていません。時間や場所も定められていません。「愛しなさい」という言葉は、「生きなさい」という言葉と同じくらい、漠然とした言葉です。「生きる」とは、「愛する」ということだと言うこともできます。ですから、私たちは、「どう愛すればよいのか」と悩むことがあります。自分が愛だと思うことが、相手にとって愛ではないということもあります。自分に向けられた愛に、気づかないこともあります。後になって、かなり時間がたってから、気づくことがあります。神は神秘ですが、愛も神秘です。 

神に、まわりの人に愛されるために、特別な資格は必要とされません。神は、無条件で、すべてのいのちを愛してくださいます。そして、神を、まわりの人を愛することは、誰にでもできることです。それでは、愛されていると感じるために、愛することができるために、必要とされていることは何でしょうか。「悔い改め」です。悔い改めとは、自分自身を見つめることです。愛されている自分に気づくことです。気づいて、喜び、感謝することです。愛そうと努力している自分を、素直に認めることです。自分の愛し方が間違っていると気づいたならば、すぐに改めることです。 

まわりの人の愛し方を、謙虚に学ぶことです。愛することとは、悔い改めることであると言うこともできます。私たちの愛は、不完全です。間違いだらけです。しかし、この現実から目をそらし、自分の愛に応えてくれないと、神やまわりの人に不満を抱くならば、愛から遠ざかることになります。愛しているのに、祈っているのにと思えば思うほど、愛を失っていくことになります。悔い改めることで、愛から離れないようにしたいと思います。悔い改めることで、愛に背を向けている自分に気づき、愛の方に向き直りたいと思います。 

愛の国である「天の国」は、私たちのところに、もう来ています。後は、私たちが、安心して、近づくだけです。「悔い改め」ながら、近づいていくだけです。「天の国」とは、私たちにとって、「悔い改め」の毎日であると言えないでしょうか。 

今日は、「神のことばの主日」です。2019年9月30日、教皇フランシスコによって、定められました。私たちは、この日は、「神のことばを祝い、学び、広めることにささげる」ます。もちろん、この日だけが、神のことばの主日ではありません。私たちの毎日が、神のことばの主日です。私たちは、この日に、私たちがいつも、神のことばに生されていることを思い起こすのです。私たちは、神に愛されていることに感謝して、互いに愛し合うことができる時、神のことばが、この世界で現実となっています。私たちは救われています。この救いを、ともに、喜び、祝うよう招かれています。私たちが、神のことばを大切にして生きようとする時、聖霊が力強く働かれます。私たちは、神のことばによって生かされています。この生き方、生かされ方を、互いに、謙虚に学ぶよう招かれています。そして、私たちは、神のことばが示す愛を広めるように励まされています。愛そのものである「天の国」が実現していることを、喜び、祝いながら、互いに、聖霊に生かされた生き方を学び合い、自分の生き方を見つめ、「悔い改め」ことで、神のことばによって大きくなっていく愛を広めていきたいと思います。 


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