1月1日/神の母聖マリア(降誕の八日目)

 [説教]

私たちは今、降誕祭を祝っています。「降誕の八日目」である今日、羊飼いたちは、「幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせ」ます。天使は、羊飼いたちに福音を告げました。それは、すべてのいのちのために、「今日…救い主がお生まれになった」という喜びの福音であり、「地には平和、御心に適う人にあれ」という平和の福音です。「世界平和の日」である今日、私たちは、羊飼いたちが分かち合う福音に耳を傾けるよう招かれています。私たちは今日、聖家族とともに、聖家族として、主のご降誕がもたらした平和を分かち合うのです。


「飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子」が、私たちの平和です。目の前で寝ている乳飲み子想像してみましょう。乳飲み子を前にして、私たちは争いを起こそうとするでしょうか。そんなことは、決してしないと思います。できないと思います。私たちは皆、自然と優しくなるはずです。優しいまなざしで、優しい声で、乳飲み子に語りかけるはずです。どう接したら良いかわからなければ、かける言葉が見つからなければ、こわがらせないように、安心して寝ていることができるように、細心の注意を払うはずです。そして、乳飲み子のそばにいる私たちは、語り合うはずです。「かわいいね。あっ、笑った。この子が、ずっと笑顔でいられる世の中であってほしいね。うあっ、泣きそうだ。だいじょうぶだよ、こわくないよ。みんな、あなたのことが大好きなんだだから。」この乳飲み子に、私たちは何をあげようとするでしょうか。欲しいモノをなんでも手に入れることができるようにと、お金をあげるでしょうか。自分の身を守ることができるようにと武器を与えるでしょうか。高収入が得られる職業を得ることができるようにと、勉強を教え始めるでしょうか。そんな愚かなことをする人は、一人もいないはずです。もし、乳飲みの手に、お金や武器を握らせようとしたら、ひどい暴力となり。決して容認できない虐待となります。私たちができること、それは、この子に愛を伝えることだけです。小さな手をそっと握って、「幸せになってね。みんなに愛されてね」と言葉をかけることぐらいしかできないと思います。そう祈ることしかできないと思います。これが、私たちに与えられる、キリストの平和なのです。この平和を、この優しい心を、誰もが持ち続けることができる時、乳飲み子の前での優しい語り合いが、安心してできる時、世界平和は実現するのです。


今日の福音は、「マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた」と伝えています。マリアが心に納めて、思い巡らしていたこととは、目に前で実現しているキリストの平和です。私たちも今日、マリアとともに、キリストの平和を心に納めて、思い巡らしたいと思います。私たちの日常生活の中で実現している平和を見い出し、大切にしたいと思います。そして、身近で実現している、小さな平和を大きくしていきたいと思います。聖家族が幼子イエスを、養い育てたように、私たちも、キリストの平和を育てていきたいと思います。


今年の「世界平和の日」の教皇メッセージで、教皇レオ十四世は次のように述べています。


「『平和を所有したいなら、平和はそこにある。われわれの手の届くところにある。われわれは何の労苦もなしにそれを手に入れることができる』。平和を遠い理想と考えるとき、平和が否定され、平和を実現するために戦争を行っても、つまずきを覚えなくなります。」


平和はもう、この世界に与えられています。不可能なことでも、遠い理想でもありません。マリアのように、羊飼いたちのように、キリストの平和を、喜んで受け取れば良いだけです。この世界が、幼子がもたらした平和を、感謝のうちに受け取りますように、今日、心から、ともに祈りましょう。


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