4月4日/復活の主日・復活の聖なる徹夜祭

 [説教]

「あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。」最初二人の女性に委ねられた福音、復活の福音は、復活の聖なる徹夜祭を祝っている私たちにも、告げ知らされました。


私たちは今、ガリラヤに行くよう招かれています。ガリラヤに行き、復活された主イエスとともに、福音を宣べ伝えるよう励まされています。


使徒パウロは、ローマの教会への手紙の中で、次のように述べています。「わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためです。」今夜、ともに復活を祝っている私たちも、「復活させられた」のです。「新しい命に生きる」ようになったのです。


私たちが、新しい命に生きる時、福音を宣べ伝えることになります。ガリラヤとは、私たちが、新しい命に生きるところなのです。私たちが新しい命に生きる時、そこに、ガリラヤがあるのです。


新しい命とは、使徒パウロがはっきりと言っているように、「罪から解放されている」命です。私たちは、罪から解放される時、本当の意味で生きるようになります。本当の意味で生きるとは、だれにも頼らず生きるということではありません。だれかと競争して、生き残ることではありません。私たちは、だれかに支えられているから生きることができると悟る時、本当に生きていることになります。自分もだれかを支えているのだと思える時、まわりの人とともに生きていきたいと望む時、新しい命に生きることになります。いのちとは、交わりなのです。神との交わり、まわりの人との交わりこそが、いのちそのものなのです。いのちは、交わりの中で、新たになり続けるのです。交わりは、開かれていることで、新たになり続けることができます。開かれ、新たになり続ける交わりこそが、復活のいのちなのです。


そう感じる時、ガリラヤとは、いのちの交わりであると言えます。いのちが交わりながら、新たになっていくところ、そこが、ガリラヤなのです。復活の喜びのうちに、いのちの交わりを生きていきたいと思います。私たちのガリラヤで、まことのいのちであり、愛の交わりである、復活された主イエスに出会いたいと思います。あの方は、閉ざされた墓にはおられません。開かれた交わり、復活のいのちであるガリラヤにおられるのです。


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4月4日/復活の主日・復活の聖なる徹夜祭

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