[説教]
「わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。」
主イエスは、主の復活を祝うために集まっている私たちに、この福音を分かち合ってくださいます。主は復活し、生きておられます。だから、私たちも生きることになるのです。
私たちも、復活することになるのです。主に復活されたように、私たちも、復活したのです。
復活を信じている私たちにとって、生きるとは、愛することです。主イエスを愛し、互いに愛し合うことです。
私たちには、「真理の霊」が与えられています。「真理」とは、愛です。
真理とは、私たちを支える「確かなもの、信頼に値するもの」ですが、まさに、愛こそ、確かな、信頼に値するものです。主が言っておられるように、この愛そのものである霊が、私たちと「ともにおり」、私たちの「内にいる」のです。この愛の霊が生きていて、働いておられるのです。この霊の動きに従って生きる時、私たちは、本当に生きていることになるのです。そして、本当に生きることこそが、真理なのです。本当に生きることこそが、主の復活であり、私たちの復活なのです。ただ生きるだけではなく、愛するのです。
愛し合うことで、ともに生きるのです。
主は今日、はっきりと言われます。
「世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。」
主はここで、今の世界について述べておられるのです。
今、多くの人が、自分だけを愛するか、自分が好きな人だけを愛することで、幸福になろうとしています。偽りの愛によって、幸福を求めています。
しかし、真の愛は、「愛」という真理は、自分だけでは成り立ちません。好きな人だけでなく、嫌いな人とともに生きることで成り立ちます。日々出会う人と、顔と顔を会わせて、声に出して話すことで、会話することで成り立ちます。会話することで、お互いを知り合うことで成り立ちます。自分の思いだけでなく、相手の思いも大切にすることで成り立ちます。自分が好きになれない思いを理解し、大切にしようと努力することで成り立ちます。
私の思いを語り、あなたの思いに耳を傾け、私たちの思いを共有していくことで成り立ちます。自分の思いが変えられていくことで成り立ちます。そして、真理の霊が働くように心から願い求めて、ともに祈り続けることで、私たちの愛は確かなものとなっていきます。
こうして、主のみことばが実現します。
「かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におりわたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。」
主が言われるように、愛の内に生きていることが、私たちに分かるのです。
今日は、世界広報の日です。
今年の教皇メッセージのテーマは、「人間の声と顔を守る」です。人工知能について述べられています。
私たちの日々の生活は、人工知能システムなしでは成り立たなくなりつつあります。
人工知能は、多くの場合、私たちが求める情報を、即座に示します。私たちが好む答えを出すようになっています。それも、すぐに出すことが期待されています。そして、基本的に私たちの思いを肯定します。
人工知能を使っていると、時間をかけること、ともに悩むこと、みんなで考えることが、苦労して何かを作りあげることが、意味のない無駄なことだと思えるようになることがあります。しかし、愛するとは、すぐに答えを出すことではありません。愛すれば愛するほど、答えが分からなくなることもあります。答えを出さず、沈黙を保つことこそが、愛である時もあります。自分が否定されても、それでも愛し続けることで、本当の愛となっていきます。
愛は、無駄だと思うことに時間をかけることです。ともに悩むことこそが、愛です。結果がどうであれ、みんなで苦労したことに感謝することが、愛です。失敗した時こそ、愛が必要な時、愛を深める時です。そして、何もできないと思う時、必死になって祈ることが、最も大きな愛です。
復活されたキリストは今日、ここに集まっている私たちに、この愛の掟を守ることで、 毎日を生きていくよう励ましておられます。この愛の掟を大切にして、聖霊降臨までの二週間を歩んでいきましょう。一人一人の顔と声を、一人一人の愛を大切にして、ともに歩んでいきましょう。ともに歩みながら、愛を深めていきましょう。愛を深めていく私たちの姿が、復活のキリストの姿をあらわすものとなりますよう祈りましょう。